宇宙産業は、いま大きな転換点を迎えている。
宇宙は今、ロケットで行く場所から、宇宙で生み出した価値を地球へ持ち帰る場所へと変わりつつある。次に求められるのは、「宇宙と地球をつなぐ輸送インフラ」だ。
その実現に挑むのが、ElevationSpace 代表取締役CEOの小林稜平氏だ。同社は宇宙から地球へ物資を運ぶ輸送サービスの創出を目指し、その先の2040年には「軌道上のヒト・モノをつなぐ交通網の構築」をビジョンに掲げている。
大学院在学中に起業し、どのように信頼を積み重ね、日本の宇宙産業の未来を描いてきたのか。そして、なぜ今、日本には世界で勝てるチャンスがあると考えているのか。小林氏に話を聞いた。

小林 稜平
株式会社ElevationSpace
代表取締役CEO
東北大学にて建築学と宇宙工学を専攻し、修士号(工学)を取得。大学在学中には人工衛星開発プロジェクトや次世代宇宙建築物の研究に従事し、宇宙建築関連コンペティションにおいて日本1位、世界2位を獲得。宇宙ベンチャーを含む複数社でのインターンを経て、株式会社ElevationSpaceを起業。
自分にない強みが、会社の強さになる。

莫大な資金と時間を要する宇宙産業。創業当時、小林氏は周囲から懐疑的な視線を感じていた一方、自身もまた「本当に自分にできるのか」という葛藤を抱えていたという。
だからこそ、小林氏は創業当初から「一人で全てやろう」とは考えていなかった。
「自分自身ができないことは、周りを巻き込んで補完すればいいと思っていました。」
自分に足りない部分は、その分野の専門家と組む。創業時には、15機以上の人工衛星開発に携わってきた東北大学の桒原教授とともに会社を立ち上げ、その後もCOOやCTOなど経験豊富な人材を迎え入れた。
小林氏が創業以来、一貫して発信し続けているのが「宇宙で当たり前に経済が生まれ、人が生活する世界」という構想だ。
「どこを目指していくのか。その思いをブレずに伝え続けることが、信頼につながってきたと思います。」
ビジョン自体は変えず、時代や状況に合わせて「伝え方」を柔軟にアップデートしてきた。2025年には「軌道上のヒト・モノをつなぐ交通網を構築する」というビジョンを掲げ、自社を「宇宙の輸送インフラ」と位置づけたことで、事業の広がりやプロジェクトの進展にもつながった。
そのビジョンを発信する場の一つとなったのが、GRIC PITCHへの登壇だった。

「資金調達を始めるタイミングでもあったので、とても良い機会でした。」
宇宙スタートアップが増える中、自社がどのようなポジションを目指しているのかを投資家や事業会社へ伝える機会として参加を決めたという。会場では、接点のあった投資家だけでなく、新たな投資家にも出会う機会になった。
宇宙で経済が生まれる時代に必要なのは「帰りの便」
ロケットで宇宙に行く頻度は増えている一方、宇宙で生み出した価値を地球へ持ち帰る仕組みは、まだ十分に整っていない。小林氏は、この「帰りの便」こそ次の宇宙産業に欠かせないインフラになると考えている。

宇宙の無重力環境では、創薬やライフサイエンスに加え、半導体材料の研究・製造にも期待が集まっている。無重力では地上より高品質な結晶を生成できる可能性があり、AIの普及を背景に次世代半導体への応用も期待されているためだ。
しかし、宇宙で生み出した成果を地球へ持ち帰る手段がなければ、新たな産業は成立しない。
「宇宙でしか生み出せない価値があるから、人は宇宙へ行く。その価値を地球へ戻すための輸送インフラが必要です。」
同社は宇宙ステーションからの物資回収にとどまらず、無人の研究開発・製造プラットフォームの開発にも着手し、宇宙ビジネスの基盤づくりを進めている。
日本に足りないのは、技術ではなくエコシステム
日本の宇宙開発は、「はやぶさ」に代表されるように、世界でも高い技術力を誇り、ElevationSpaceが取り組む「宇宙から地球へ戻る技術」もその一つだ。
一方で、小林氏は、民間宇宙産業という観点ではアメリカとの差も感じているという。その背景にあるのは、単純な資金規模だけではない。
アメリカでは、防衛・空軍など国が積極的に民間サービスを購入するという「政府調達」が早期から行われるため、スタートアップの初期段階に対してのお金の付き方が大きく違う。また、技術者や事業開発人材が企業間を活発に行き来することで、技術革新を支えるエコシステムが形成されている。
「この2〜3年で政府の支援のあり方も変わってきました。さらに政府調達の仕組みが強化されれば、宇宙に限らず産業全体として、日本はまだまだ競争力を高められると思っています。」
小林氏は、日本は技術レースという観点では世界の先頭集団にいると考えている。特に同社が挑む「再突入技術」は、世界でも競争力を発揮できる領域の一つだという。
だからこそ、創業当初から国内だけでなくヨーロッパやアメリカを含めた世界市場を視野に、ソリューションの提供を目指している。

東北だけで閉じない、宇宙業界だけで閉じない

ElevationSpaceは仙台で創業し、現在は福島県南相馬市にも拠点を設けて宇宙産業の集積に取り組んでいる。
背景には、小林氏自身が東北で生まれ育ち、東北という地域に恩返ししていきたいという強い思いがある。東北には広大な土地に加え、JAXAや東北大学をはじめとする研究機関が集積しており、宇宙産業を育てる土壌がある。
一方で、小林氏は「地域外とのつながり」の重要性も強調する。
「東北だけで閉じてしまうと事業の広がりが限定されます。地域外の人とつながり続けることが重要だと思っています。」
現在、同社は「エンジニアは東北、ビジネスサイドは東京」というハイブリッドな体制を構築している。
さらに、この巻き込みの輪は資金調達の面にも広がりを見せている。2026年に64億円の資金調達を実施し、その出資者には大日本印刷や豊田合成など、異分野の事業会社も参加した。
「宇宙はあらゆる産業が関わるべき場所です。誰もが宇宙で生活できる世界を作るには、食料、エネルギー、素材など多様な業種の参入が欠かせません。宇宙と地球はシームレスにつながっていくものです」
同社は、宇宙での実験・実証の場にとどまらず、そこで得られた成果を宇宙機への応用や、地上での分析・評価まで含めたソリューションの提供を目指している。
人類規模の輸送インフラを、日本から。ElevationSpaceの挑戦は、宇宙産業の次の時代を切り拓こうとしている。
ElevationSpaceが2040年に向けて掲げている目標は、「日本から人類規模のインフラ」を実現することだ。その象徴として、小林氏は日本初の国産有人宇宙船の実現を見据えている。
小林氏は、市場やルールが固まった後では日本の参入は難しくなる一方、有人宇宙船は今だからこそ挑戦するべき領域だと話す。特に、「人間を宇宙から安全に地球へ帰還させる技術」においては、日本は欧州よりも優位な技術基盤を持っていると考えている。
「今の段階から挑戦すれば、日本から世界で使われる人類規模の輸送インフラを実現できるチャンスがあると思っています。」
目標の実現に向け、まずは2030年頃までに「宇宙ステーションや地球低軌道へ物資を小型・高頻度で輸送する事業」を確立させる計画だ。
研究室から社会へ、東北から日本へ、日本から世界へーー。日本発の宇宙インフラを確立するための挑戦は、今まさに加速している。



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