世界には約9億人が、舗装された道路へ十分にアクセスできない環境で暮らしている。特に中東やアフリカでは、豊富に存在する砂漠砂が建設資材として活用できず、未利用資源となってきた。
もし、足元に広がる砂漠砂を活用できるとしたら――。その発想を現実にしようとしているのがPathAheadだ。建設資材として利用が難しいとされてきた砂漠砂を、新たなインフラ資材へと変換する独自技術で、世界のインフラ整備に新たな可能性を切り拓こうとしている。
その先に掲げるのは、「もう一度日本を世界へ」という構想だ。かつて日本が強みとしてきたインフラ技術を、新たな形でグローバル市場へ届けることを目指している。
その挑戦の原点には、Hondaで研究開発に携わってきた一人の技術者による、「外へ出る」という意思決定があった。
なぜ独立を決意したのか。外に出たことで何が変わったのか。代表取締役CEOの伊賀氏に話を聞いた。

伊賀 将之
代表取締役 CEO
株式会社本田技術研究所にて11年素材研究に従事。同社材料研究所で自動車向け鋼板開発やサステナブル材料の研究開発を経験。
2026年に同社の新事業開発プログラム「IGNITION」を通じPathAhead社を創業。同社のコア技術開発に携わる。
見過ごされてきた砂を資源に変える
伊賀氏は、自社を「砂漠の砂から道路をつくる会社」と表現する。
舗装やコンクリートには大量の砂利(骨材)が必要となるが、砂漠に広がる膨大な量の砂は、粒子が丸く細かいため、コンクリートや道路建設には適さないと長らく考えられてきた。
PathAheadは、この「使えない」とされてきた砂漠砂を、独自技術によって人工骨材「Rising Sand(ライジングサンド)」へと変換。道路建設資材として活用できる技術を開発している。


輸送コストや環境負荷を抑えながら、インフラ整備の選択肢を大きく広げることが狙いだ。
一方で、砂漠砂はこれまで建設資材として活用された前例がほとんどない。そのため、研究開発だけでなく、サンプルを日本へ輸入する方法すら一つひとつ手探りで切り拓いてきたという。
Hondaを飛び出した理由は、「技術」ではなく「スピード」にあった
なぜ社内で事業を育てるのではなく、独立という選択をしたのか。その理由は、技術ではなく、事業を前へ進めるスピードにあった。
新しいインフラ事業は、自社だけで完結できるものではない。建設会社や行政、海外企業など、多様なプレーヤーと連携しながら進めていく必要がある。そのため、重要なのは技術開発の速さ以上に、状況に応じて素早く意思決定し、事業を動かせる体制だった。
「Hondaにとって、インフラは主戦場ではありません。だからこそ、自社(Honda)だけで抱え込むのではなく、外部のプロフェッショナルと組んだ方が、この事業は速く前に進められると考えました。」
独立によって、そのスピードは大きく変わったという。大企業では何層もの承認プロセスを経るため、一つの判断にも時間を要した。
一方で独立後は、自分たちの判断でその日のうちに意思決定し、すぐに行動へ移せるようになったそうだ。実際に、ホームページの立ち上げを迅速に決定したことが新たな問い合わせにつながるなど、意思決定の速さが新たな機会を生み出していった。

市場は、事業計画より多くを教えてくれる
会社のホームページを公開すると、多数の問い合わせが寄せられ、当初想定していなかった用途も見え始めた。
「当初は、砂漠の砂を活用する技術として海外での展開を主に考えていました。ところが、独立後にホームページを立ち上げると、さまざまな問い合わせが寄せられたんです。そうした声を受けて、砂漠だけでなく、日本を含めさまざまな場所で事業の可能性があることに気づきました。」
その一つが「浚渫(しゅんせつ)」だった。
浚渫とは港や河口で、航路を維持するために定期的に堆積した砂を取り除く工事のことだ。しかし、取り除かれた多くの砂は沖合へ運ばれ、そのまま処分されている。

当初は砂漠砂の活用を想定していたが、市場と向き合う中で、港湾の浚渫砂など、世界中に存在する「使われていない砂」にも技術を応用できる可能性が見えてきたのだ。
世界を前提に事業を組み立てる。だから最初から海外へ向かった
創業からわずか数カ月。
伊賀氏はナイロビ、アブダビ、アムステルダム、トロントなど世界各地を飛び回り、実証実験を進めるための行政機関との交渉、建設会社との協議、材料調達、将来的な事業パートナーの開拓など、多岐にわたる活動を進めている。
中でも現在、重点的に取り組んでいるのがケニアでの実証実験だ。
候補地を調査した結果、最短・最速で実現できる可能性が高いと判断したためである。
しかし、道路行政を担う政府機関に、日本のスタートアップが直接アプローチすることは容易ではなかった。
「道路局は政府系の組織です。よく分からない日本人が、いきなり正面から行っても会ってもらえません。」
そこで頼ったのが、それまで築いてきたネットワークだった。現地で活動する日系企業や日本大使館、Hondaの現地法人など、あらゆるチャネルを通じて担当者との接点を探し、「なんとか話を聞いてもらえる」と分かった時点で、すぐに現地へ飛んだという。
地道に人をたどり、一つひとつ信頼関係を築きながら道を切り開く。その積み重ねが、海外での実証実験につながっていった。

「待っているだけでは世界にはつながらない」
現地政府や建設会社、投資家との接点は、自ら設計していく必要がある。
創業前の伊賀氏が国内最大級の成長産業カンファレンス「GRIC」のピッチコンテスト「GRIC PITCH」へ登壇したのも、そのためだった。
「法人もまだありませんでしたが、資金調達をする以上、多くの人に知ってもらう必要がありました。国内だけではなく、グローバルを見据えたプレイヤーが集まる場で発信したかったんです。」
その場で直接大型案件が決まったわけではなかったが、その後の海外展開につながるネットワークは少しずつ積み上がっていった。また、GRICのYouTube公式アカウントで公開されたピッチ動画をきっかけに、「GRICを見ました」と採用応募につながるケースもあり、創業初期の認知拡大にもつながったという。

Hondaから紹介を受けたカナダ・トロントのスタートアップ支援機関「DMZ」との関係も、その後あらためてGRICをきっかけに深まり、中東・アフリカでの市場理解や現地ネットワークづくりにつながった。
現地企業や投資家だけではなく、アクセラレーターや行政機関との接点づくりにも協力し、中東情勢が不安定な中でも現地理解を深める大きな助けになったそうだ。
海外展開は、一つのイベントや一人の紹介だけで実現するものではない。GRICでの発信、日本大使館やHondaの現地法人、DMZ、そして現地企業との出会い——そうした一つひとつの接点が積み重なり、ケニアでの実証へとつながった。
日本発の技術を、実証から社会実装、そして世界へ
市場に出たことで、砂漠の砂だけではなく、これまで活用されてこなかった砂にも可能性があることが見えてきた。事業の広がりは、当初の想定を超え始めている。
一方で、実験室で可能性を示すことと、社会インフラとして実際に使われることは別の挑戦だ。これからは、本物の道路での実証と、人工骨材「ライジングサンド」の量産技術の確立が大きなテーマとなる。さらに、砂漠の砂の輸入ルートの開拓や海外での事業基盤づくりなど、前例のない課題にも向き合わなければならない。
砂漠の砂から道路をつくる――その発想は、まだ実証の途上にある。しかし、一つひとつ前例を積み重ねながら技術を社会実装へとつなげる挑戦は、日本発の技術が世界の社会課題を解決する可能性を着実に広げている。


















