宍戸善一氏×梅澤高明 スペシャル対談【前編】──スタートアップ創出元年。日本再興のカギは「企業の新陳代謝」「人材・知財の流動化」と「インセンティブ」

2023-01-18
Executive Interview
宍戸善一氏×梅澤高明 スペシャル対談【前編】──スタートアップ創出元年。日本再興のカギは「企業の新陳代謝」「人材・知財の流動化」と「インセンティブ」

「本年をスタートアップ創出元年にする」──岸田文雄首相が2022年の年頭記者会見で宣言したとおり、6月に発表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、政府調達をはじめ、スタートアップ育成への支援策が数多く盛り込まれた。 

スタートアップを国の成長戦略に位置付ける今回の政策について、専門家はどう見ているのか。四半世紀にわたりスタートアップ研究を続ける一橋大学名誉教授 宍戸善一氏、当社社外取締役 梅澤高明に意見を聞きながら、日本再興の可能性を探った。 

プロフィール

■宍戸 善一(ししど・ぜんいち)

内閣府 イノベーション・エコシステム専門調査会 委員。武蔵野大学法学部教授、一橋大学名誉教授、弁護士、法学博士。1980年東京大学法学部卒業。同年同学部助手。コロンビア大学、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学、デューク大学のロー・スクール客員教授を歴任。成蹊大学法科大学院教授、一橋大学大学院法学研究科教授を経て現職。

■梅澤 高明(うめざわ・たかあき)

フォースタートアップス株式会社 社外取締役、CIC Japan会長、A.T.カーニー日本法人会長。国内最大規模の都心型イノベーション拠点CIC Tokyoを2020年秋に開設、250社の入居企業とともに、ライフサイエンス、環境・エネルギー、スマートシティなど多様なテーマでイノベーションコミュニティを構築中。A.T.カーニーでは日米で25年にわたり、戦略・イノベーション・マーケティング・組織関連のコンサルティングを実施。内閣府「知的財産戦略本部」本部員、同「税制調査会」特別委員。著書に『NEXTOKYO』(共著、日経BP社)ほか。

 政府調達を成長エンジンにする術は、欧米から学べ

▲宍戸 善一氏(内閣府 イノベーション・エコシステム専門調査会 委員)

  ──「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、スタートアップ支援の項目が多く盛り込まれました。その点についてどのような印象を持たれましたか?

 宍戸:スタートアップの応援団長を自任する者として、「国策としてスタートアップ振興を打ち出すなら今しかない」という明確なメッセージを発信してもらえたのは、とてもありがたく感じました。

確かに、機は熟しています。ここ10年間の国内ベンチャー産業の伸び率は著しく、転換条項付優先株式をVCに発行してリスク・マネーを調達する「コンバーティブル・プリファード」など法的なインフラも整いました。起業家のメンタリティーも変化しています。

梅澤:私も政府の“本気”を感じました。岸田首相自身が「スタートアップ創出元年」を謳い、「5年10倍増」という目標を明確に打ち出す……これは過去に例のないことですよね。スタートアップ、ベンチャー関係者はピリっとしています。 

 宍戸:盛り込まれた項目の中でも、政府や地方自治体が民間の物品やサービスを購入する「政府調達」にはとくに可能性を感じています。これまでも、シリコンバレーやイスラエルのベンチャー企業が軍事産業をはじめとした政府調達で急成長を遂げてきました。

直近では、英国におけるワクチン開発の例が挙げられます。ボリス・ジョンソン元首相が旧知のベンチャーキャピタリストを通じて「先買い権を約束してくれれば開発資金を出資する」、「開発ステージをクリアするごとに資金提供する」などインセンティブ付きの公的資金投入をもちかけたことで、世界最速でワクチンを取得することに成功しました。 

梅澤:イーロン・マスク氏率いる宇宙企業・スペースXは、NASAが委託する輸送・開発業務を原動力にして急成長を遂げましたよね。米国では一時期、NASAの予算の何割かをスタートアップ枠に充てるという、思い切った取り組みが実施されていました。 

今回の日本の政府調達にも明確な数値目標が欲しいところです。例えば、インフラ分野については何割、宇宙分野については何割をスタートアップに費やす、とか。すると特定された領域に大きな市場ができるのは間違いないので、スタートアップは思い切った投資ができるし、ベンチャーキャピタル(以下、VC)もお金を張ろうというマインドになります。

政府が作った需要で数々のスタートアップが鍛えられ、成長できる。まさに好循環ですよね。 

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では政府調達の後に出てくる項目がSBIR(Small Business Innovation Research)制度の拡充です。もちろんこの取り組みにも賛成なのですが、SBIRの過去の実績は年間500億円程度。決して政府調達の本丸ではないんですよね。 

企業の新陳代謝と人材・知財の流動性を高めることが、日本経済のダイナミズムをつくる 

▲梅澤 高明(フォースタートアップス株式会社 社外取締役)

梅澤:スタートアップ振興にあたっては「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」に書かれていない、大切なことが2つあると思っています。1つは、非効率な“ゾンビ企業”の退出を促し、人材の大流動化を起こすとともにスタートアップにとってのホワイトスペースを作る。もう1つは、大企業が囲い込んで有効活用していない知財・人材をセットでスピンアウトさせる。例えば企業内の特定の事業が、経営戦略の見直しで「ノンコア事業」や撤退対象だと位置づけられた場合、そこに従事する社員は自分の専門性を活かしたければ転職先を探すことになります。

従業員は個々に会社を離れることになりますが、事業に帰属する知財は会社に残り、使われないまま陳腐化し、やがて価値がなくなってしまいます。これは大変もったいない。このようなケースでは、資金を親会社あるいはVCが提供して知財と人材をセットでスピンアウトさせることで、人材と知財を最大限に有効活用して有望なスタートアップを生むことができます。

これらをシステマティックに遂行することが、スタートアップ立国への道につながるのではないかと。 

 宍戸:人材・知財・企業の流動性が低いことが日本経済が停滞している大きな原因です。いつ潰れてもおかしくない企業に対して公的資金を投入している額が突出して高い。中小企業に対する金融機関の貸付に対しても、政府が8割方保証をつけています。

日本の金融庁、金融機関などの金融関係者は、債務超過に陥ったような企業を退出させる「インセンティブ」を持っていないと指摘した、アメリカン・エコノミック・レビューに掲載された論文では、こうした現状を「日本におけるエバーグリーン・ローン」と表現しています。

 

梅澤:日本全国にある企業のうち、欠損企業、要は赤字のために税金を払っていない企業は65.4%あります(2021年/東京商工リサーチ) 。でも実際にはほとんど潰れていないわけです。開業率と廃業率を足す「代謝率」で見ると、日本企業は5%強、対して欧米諸国は15~25%の間で、中国はもっと高い(2018~2020年/内閣府資料)。

そのくらい、経済のダイナミズムにも差が出ています。

 宍戸:一方で、代謝率の高い国内産業が、フードビジネスです。個人的に、東京は飲食業におけるシリコンバレーだと思っています。

たとえば、吉祥寺。毎日のように開店と閉店が繰り返されていますが、関係者に話を聞いてみると、食材から調理器具の調達、店舗探しまで、若手シェフ、板前を支えるビジネスがあちらこちらに存在しています。狭い場所にさまざまな機能が集積し、互いに影響し合いながら、イノベーションを生み出している。まさにシリコンバレーと同様の“クラスター”が起きています。

梅澤:産業を活性化するうえで、クラスター戦略は不可欠ですよね。マサチューセッツ州は、ここ10年の間にライフサイエンス系、ロボティクス系のスタートアップ集積拠点をボストンにつくりました。2つともCIC(Cambridge Innovation Center)が支援するNPOが運営していますが、州として分野を絞って展開したのが功を奏し成功を収めています。

世界知的所有権機関(WIPO)が2022年に発表した科学技術クラスターランキング では東京-横浜地域は1位、大阪-神戸-京都地域は7位、名古屋は12位にランクインしていますが、実際には蓄積されている科学技術をあまり商用化できていない。技術から勝てる事業を生み出して経済価値につなげるという営みが弱いことが、今日の日本の産業の大きな課題です。

優秀人材を日本に呼び込むために必要なのは「えこひいき」 

──日本のスタートアップ市場を活性化するためには、海外の優秀な人材に「日本で働きたい」「起業したい」と思ってもらうことも重要です。何が呼び水となりえますか?

梅澤:産業で言うと、自動車、建機、エアコン、コンビニエンスストアの4つの分野に関しては、日本企業が世界を牽引しています。先ほどお話した科学技術の蓄積に加えて、こうした企業群とコラボレーションできる機会をわかりやすく提示できたら、海外のスタートアップや研究者に対する呼び水になるんじゃないでしょうか。

 宍戸:国としてのポテンシャルの高さや環境の良さも誘致要因になります。

日本はGDP、高等教育卒業者、特許出願数が世界3位、ロボティクスについては1位、インターネット普及率も8位につけているそうです。さらに言うと、とくに東京は、世界的に見てもかなり暮らしやすい街です。東京に長く住んでいる方は認識しづらいかもしれませんが。

梅澤:森記念財団都市戦略研究所の「世界の都市総合力ランキング2021」でも、東京はロンドン、ニューヨークに次いで3位でしたね。

加えて、世界に誇る漫画、アニメ、ゲーム文化があることも人材誘致の上での日本の強みです。エンジニアの多くはアニメやゲームが大好きですし、イーロン・マスク氏の未来像も、相当アニメに影響されています。

「日本は好きなんだけれど、稼げないから住みたくない」、そう思っている優秀人材は一定数存在するはずです。

 宍戸:米国のIT企業では、理系大学院卒には新卒でも年収3000万円以上の報酬を提示しています。それが日本で叶わない最たる理由は、横並び主義の風潮が根強く残っているからです。「何で30歳のエンジニアより、自分の給与の方が低いんだ」みたいな考えが大企業を中心にまかり通っている。

ですが、外部労働市場を利用せざるを得ない今、日本の経営者たちは「報酬は企業が決めるのではなく、マーケットが決める」ことを認識し、率先して「えこひいき」をするべきではないかと思います。

たとえば、優秀な海外人材に対しては、高い報酬に加え、専用の宿泊施設やインターナショナルスクールの創設など家族を連れてきても満足してもらえるような住環境を用意する。それぐらい特別扱いしないと、本当に素晴らしい人を日本に呼び込むことは難しいでしょう。

 

海外VCを日本に誘致する、“絶大なメリット”とは 

──海外VCを日本に誘致することの重要性については、どうお考えですか。 

梅澤:拠点ができることで、海外VCが日本のマーケットと真剣に向き合い、投資先を探してもらえるようになるのは大きな利点ですよね。例えば遠く離れた米国からだと、たまたま目についたもの、あるいはお誘いがあったものがあればスタディして、本当に良ければ投資をする感じで、日本企業の優先度はかなり低いわけです。

さらに「海外の有力VCが日本に拠点を置き、日本のスタートアップに投資した」というニュースが米国に流れれば世界に注目されることとなり、スタートアップ市場の成長が加速する。「5年10倍増」を目指すには、このようなうねりを作り出すことも大切かと。

 宍戸:日本の独立系VCが海外VCから学べる機会が増えることも、誘致するメリットです。スタートアップ振興のためには起業家の能力を上げること以前に、VCの能力を上げることがとても重要です。

コロンビア大学のロナルド・ギルソン教授は、スタートアップ市場を活性化するための3要素として「起業家」「リスクマネー」「両者をつなぐ専門の金融仲介者」つまりVCを挙げています。この3つが揃わないと市場は健全に拡大しない。けれど、これらが最初から揃っている地域は、シリコンバレー以外に存在しない。

シリコンバレーのようなスタートアップのクラスターを作りたいと思ったら、政府がリスクマネーとVCを用意すれば自ずと起業家が現れる……というのが彼の仮説です。

 

公的資金は、LP投資によって投入されるべき 

──宍戸先生が委員を務める内閣府イノベーション・エコシステム専門調査会「世界に伍するスタートアップ・エコシステムの形成について」でも海外VCを誘致する重要性が示されています。

 宍戸:資料にある「公的機関から民間VCへのLP投資を通じて国内VC市場及び専門性を有する民間VCを育成するという観点を踏まえ、政府は極力投資判断に介入しないようにしつつ、VCを含めた民間のインセンティブを引き出す仕組みを構築することが求められる」という一文に関しては、今回、委員として強く主張させていただきました。 

海外VCに日本拠点を置いてもらうことは、スタートアップ市場の活性化において必要不可欠ですが、公的資金投入の“やり方”を間違えるとかえって足を引っ張ってしまうことにもなりかねません。先ほどお話しした「スタートアップ市場を活性化するための3要素」を定式化するにあたってギルソン教授が基としたのが、1993年にイスラエル政府が立ち上げた「ヨズマ」というプログラムです。

シリコンバレーをはじめとする海外VCを誘致し、国内のスタートアップ市場を活性化することがこの制度の目的でしたが、結果として、組成した9つのファンドすべてが大成功を収め、短期間のうちに公的資金を返却しました。その際にヨズマが海外VCに出した条件は「ファンドの40%まで公的資金を投入する」「損失に対して保証しない」「リターンに上限は設けない」、そして「投資判断はすべて一任する」というものでした。要するに、投資に対して政府が直接介入しなかった。一方、政府保証によるダウンサイド・リスクの回避など、イスラエルの真逆の策をとったのが1975年に設立されたドイツのWFGですが、こちらは大失敗に終わっています。

 

梅澤:私もスタートアップ分野での公的資金は、直接投資ではなくLP投資によって大量供給されるのが望ましいと思っています。例えば、年金基金がLP投資を通じてVCの資金提供者になるというような取り組みはどんどん進めてほしいですね。

~後編に続く~

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