「スタートアップM&A」による、ディープテック社会実装の新方程式 - 「M&A for Startups」ミニカンファレンス vol. 2 開催レポート

2026-07-29
「スタートアップM&A」による、ディープテック社会実装の新方程式 - 「M&A for Startups」ミニカンファレンス vol. 2 開催レポート

日本のスタートアップエコシステムのパラダイムシフトが加速している。これまでのスタートアップの主流であったIPO(新規上場)を目指す「シングルトラック経営」から、IPOとM&Aの双方を見据えて経営する「デュアルトラック経営」へのシフトだ。特に、莫大な研究開発費と長い時間軸を要するディープテック・ハードウェア領域において、M&Aは創業者の「イグジット(出口)」ではなく、ミッションを最速・最大化で果たすための「成長の加速装置」として再定義されつつある。

こうした変化を裏付けるように、政府も後押しを本格化させている。経済産業省が2026年5月に公表した『スタートアップM&Aガイダンス』では、M&Aを単なる株式売却ではなく「スタートアップの成長手段」「大企業のインオーガニックな成長戦略」として位置づけ、双方の実務留意点を体系化している。

さらに、2026年7月21日に政府が閣議決定した『骨太方針2026(経済財政運営と改革の基本方針2026)』では、スタートアップの技術力を取り込んだイノベーション力の強化や、M&A市場の活性化を通じた「資金・人材・技術の好循環」の創出が重点施策として明記された。

フォースタートアップスでは、こうした国の方針や市場の急速な変化を捉え、スタートアップM&Aの最前線を追うミニカンファレンスを開催している。第2回となる今回は、2026年1月にアイリスグループへの参画(グループイン)を発表したSEQSENSE(シークセンス)株式会社の事例に焦点をあてた。

登壇者には、アイリスオーヤマにてロボティクス事業を立ち上げ、サービスロボットを累計2.5万台の社会実装を牽引してきた吉田 豊と、SEQSENSEの共同創業者として自律移動型警備ロボットの市場開拓を牽引してきた中村 壮一郎を迎えた。モデレーターはフォースタートアップスの髙橋 ひかりが務め、オープニングではフォースタートアップス代表取締役CEOの志水 雄一郎が最新の市場トレンドを解説。スタートアップM&Aの本質と、両社が描く「日本発ロボティクス産業」の未来に迫った。

市場データが物語る「デュアル戦略」への必然

志水 雄一郎(フォースタートアップス代表取締役CEO)

イベントの冒頭、志水より、「STARTUP DB」が公開した『2026年上半期 国内スタートアップ投資動向レポート』、日本のスタートアップ資金調達市場およびM&Aトレンドに関する最新データが提示された。

志水によると、政府の『スタートアップ育成5か年計画』のもと、2027年に10兆円規模の投資を目指す日本市場だが、2026年上半期の推移を見ると前年同期比では微増であるものの、目標に対してはまだ大きな乖離があるのが現状である。一方で、同年の米国市場は過去最大となる約50兆円規模へ拡大する見込みであり、日米における「新産業領域での成長格差」は再び広がりを見せている。

そうした中で、志水はスタートアップのイグジット環境における構造変化を強調した。

志水:「現在、日本のIPO件数は年間40件ペースで推移しており、東証の市場改革の影響を受けて、今後VCからの出資を受けているVC-backedスタートアップがIPOできる枠は年間10〜15件程度に限られていく見通しです。一方で、M&Aによるイグジット件数は急速に増加しており、2026年には年間250〜300件ペースに達すると見込んでいます。もはやIPOのみを目指す時代ではなく、早期からM&Aを選択肢に含めた『デュアル戦略』でイグジットおよび成長戦略を描くことが、スタートアップにとっての日常です。」

この市場構造の変化は政策面とも深く連動している。『スタートアップM&Aガイダンス』においても、自社単独での成長(オーガニックな成長)に限らず、大企業のアセット(販売網や顧客基盤、信用力など)を活用して成長のスピードアップを図る手段としてM&Aを捉え直す重要性が打ち出されている。

フォースタートアップス自身も、従来の「スタートアップHR支援」で培った主要VCとの強固なネットワークをベースに、ポートフォリオ企業の「M&A・イグジット支援」へ注力領域を拡大させている。志水は「スタートアップとイノベーションのインフラとして、成長を加速させるM&Aを後押ししていきたい」と語り、本編のディスカッションへとバトンをつないだ。

出会いからグループインまで。2年間の協業が育んだ確信と判断

モデレーター 髙橋ひかり(フォースタートアップス株式会社 CEO室)

パネルディスカッションの冒頭、モデレーターの髙橋から両社の出会いとグループインまでのタイムラインについて問いが投げかけられた。

SEQSENSEがアイリスグループにグループインを果たしたのは2026年1月。しかし、その裏には約2年間にわたる綿密な「協業期間」が存在していた。最初の接点は2024年4月頃、情報交換からスタートしたという。

吉田:「当社は2020年にロボティクス事業へ参入し、業務用清掃ロボットを中心に社会実装を進めてまいりましたが、次なる市場として『警備領域』を構想しておりました。その中で、自律移動技術で高い実績を持つSEQSENSEさんとの連携やご相談がスタートしました。」

一方、SEQSENSEの中村は、当時の状況を「実は我々の側からもアイリスさんを狙っていた」と笑顔で振り返る。

中村:「我々は警備ロボットを自社開発していましたが、『自分たちのミッション・ビジョンに合致しない受託開発は一切受けない』という強いポリシーを持っていました。その中で、自分たちのプロダクトを世の中に大きく広げるための強力なパートナーを求めていたタイミングで、アイリスさんの現場から『開発を手伝ってくれないか』とお声がけをいただいたのです。非常にラッキーな巡り合わせでした。」

また、アイリスグループ側にとっては、スタートアップの買収は今回が初めてではない。同社は過去にロボティクス開発を手掛ける「株式会社シンクロボ」の買収実績を持っている。

髙橋からの「大企業がスタートアップ買収に踏み切る際、決定は早かったのか」という質問に対し、吉田は「シンクロボの際も非常に早く決まりました」と語る。当時、有名ロボットキャラクターのTシャツに髭姿で面談に現れた創業者の技術と情熱に対し、自社の課題(メーカーとしての内製化・開発力強化)と合致すると判断した吉田がプレゼンを行うと、オーナーである大山会長や現社長との面談を経て「一瞬で買収が決まった」という。

この1社目の成功体験と、SEQSENSEとの2年間にわたる開発協業の積み重ねがあったからこそ、今回のグループインは極めて自然な流れとして結実したのだった。

「社会実装の壁」を突破する、大企業×スタートアップの相互補完関係

中村 壮一郎 氏  (SEQSENSE株式会社 共同創業者兼代表取締役社長 / 株式会社アイリスロボティクス 取締役)

なぜSEQSENSEは、単独IPOではなくアイリスグループへの参画を選択したのか。中村はディープテック・ハードウェアスタートアップが直面する「壮絶な現実」を吐露する。

中村:「2016年の創業以来、BtoBでハードウェアを持ち、存在しないマーケットをディープテックで作っていくプロセスは、まさに地獄に近い大変さでした。コロナ禍を経てロボット需要が爆発的に高まる中で『次の一手』を考えた際、単独でIPOを目指して200〜300台規模の黒字化を狙う道もありました。しかし、それでは最初に掲げた『社会のインフラになる』というミッションから遠ざかり、小さくまとまってしまいます。かといって、今の日本の環境で何百億円もファイナンスし、自社で量産工場や全国の営業部隊を保持するのは極めて困難です。我々に足りないのは、単なる工場の量産ではなく、世の中に定着させる『資本力・営業力・量産力』のすべてでした。」

SEQSENSEが誇る「日本トップクラスの開発力」と、アイリスグループが持つ「圧倒的な販売力・量産力・顧客サポート体制」。この完全な相互補完関係こそが、両社を結びつけた最大の要因であった。これは『スタートアップM&Aガイダンス』においても「起業家がM&Aを行う主たる意義」として示されている、「買い手のアセット活用による事業成長スピードアップ」そのものである。

しかし、大企業側が新しいセクター(警備ロボティクス)へ参入し、リソースを割くことは容易ではない。これに対し、アイリスグループの組織風土と新規事業の思想が大きな役割を果たしていた。

吉田:「リソースを割いたというよりは、事業成長のために新たな商品群(SKU)が必要不可欠であったという認識です。当社のロボティクス事業は、私がゼロから新卒社員を中心に育て上げて作った特殊な組織です。会長のポリシーとして『新規事業は人も育てて作るものだ』という方針があり、経験豊富な社員を引き抜くのではなく、若い社員にビジョンを語り動機付けを行ってきました。新入社員に向けた配属決めのプレゼンの際には『100社行って1社しか話を聞いてくれないかもしれないが、それでもロボットを社会実装したいという人だけついて来てほしい』と伝えています。答えがない領域だからこそ、若いメンバーが仮説検証を繰り返し、業務用清掃ロボットの国内ベンダーシェアNo.1という実績と自信を積み上げてきました。だからこそ、我々のマインドは限りなくスタートアップに近いのです。」

大企業でありながらスタートアップ同等のスピード感と挑戦心を持つアイリスグループの組織風土が、SEQSENSEとの心理的・戦略的距離を急速に縮めたと言える。

株主交渉からPMIへ、ソフトウェアとハードウェアが調和する

会場からの関心が特に高かったのが、「既存株主(VC)との交渉」および「買収後の組織統合(PMI)」に関するリアルな実態だ。

SEQSENSEは創業以来、複数のVCやCVC、金融機関からエクイティ調達を行ってきた。既存株主との調整について、中村はいわゆるFA(ファイナンシャル・アドバイザー)などの外部専門家を挟まず、すべて自身で直接コミュニケーションを行ったと明かした。

中村:「1社1社に対して『自分たちのミッションを達成し、将来的な縮小を避けるためには、このディールを行うことがベストでありこれ以外の選択肢はない』と誠心誠意ご説明しました。10年近く応援してくださっている株主の多くは『それがベストなら良かった』と理解してくださいました。もちろん、立場や思惑の違いから厳しいご意見をいただくこともありましたが(笑)、丁寧に対話を重ねて合意を形成していきました。」

また、買収後のPMIにおいて両社が最も大切にしたのが、「お互いのカルチャーと役割の尊重」である。

SEQSENSEには、Webクラウド、ハードウェア、自律移動AIなど、異なるバックグラウンドを持つ尖ったエンジニアが集まっている。中村は「この癖のある集団が美しく機能している組織を崩さないことが前提だった」と語り、吉田も「無理に社内ルールを押し付けることはせず、開発チームの独立した文化を尊重している」と応じる。
ここで議論は、ハードウェア主導の開発と、ロボットの根幹をなす「ソフトウェア(OS)」主導の開発における「発想やアプローチの差」へと及んだ。

中村:「ロボティクス産業は非常に特殊です。市場に出してからもソフトウェアの開発を継続し続ける必要がありますが、伝統的な製造業ではこの時間軸やソフトウェアに対する理解が得られにくい場面があります。米国ではテスラ社のようにソフトウェア起点でロボットを作る企業が主流ですが、日本はハード起点になりがちです。こうしたソフトウェアとハードウェアの発想の違いをすり合わせながら進めることが重要になります。」

吉田:「当社もこの6年間、ロボティクス事業のボトルネックが『OS』であることに気づき、社内で大量のトライ&エラーを繰り返してきました。最初はハード寄りの発想もありましたが、現在はソフトウェアの重要性に完全に振り切っています。だからこそ、SEQSENSEさんのような優れたソフトウェア・開発組織の強みをそのまま活かしていただく形をとっています。」

『スタートアップM&Aガイダンス』でも、買収成功の要として「買い手がスタートアップ特有の性質(スピード感や開発文化)を理解し、既存事業とは異なる枠組みでPMIを推進すること」が明記されている。アイリスグループとSEQSENSEのPMIは、まさにこのガイドラインが推奨する先進モデルを地で行くものであった。

PMIにおいては、中村がSEQSENSEの社長を継続すると同時に、株式会社アイリスロボティクスの取締役にも就任。コーポレート部門や中期経営計画の策定を直接担うことで、大企業側のコンセンサス形成とスタートアップ側のスピード感を両立させる体制を構築している。

「赤字スタートアップ買収」の本質

吉田 豊 氏 (アイリスオーヤマ株式会社 執行役員 ロボティクス事業本部 本部長 / 株式会社アイリスロボティクス 取締役社長 / 株式会社シンクロボ 取締役 / SEQSENSE株式会社 取締役)

イベント後半では、M&Aにおけるバリュエーションや、赤字スタートアップに対する買い手側の評価視点について深い議論が交わされた。

「スタートアップのバリュエーションに絶対的なロジックは存在しない」と語る中村に対し、モデレーターの髙橋から「ズバリ、赤字のスタートアップでも買収対象になるのか」という質問が飛ぶと、吉田は即座に頷いた。

吉田:「過去の事例もそうですし、赤字前提で捉えています。スタートアップ企業で最初から黒字化できているケースは極めて稀です。赤字であること自体は全く問題視していません。」
この「赤字買収」を成立させる合理性について、中村は大企業の投資対効果の観点から次のように解説する。

中村:「大企業が自社でゼロから10年かけて膨大な資金を投じても、SEQSENSEと同等の開発組織や技術基盤を作れる確率は極めて低いです。そう考えると、すでに機能している『開発組織と時間や歳月を買う』という考え方は、大企業にとっても非常に合理的な投資になります。」

つまり、財務諸表上の単年度赤字を見るのではなく、その企業が積み上げてきた「研究開発の歳月と組織資産」を正しく評価できるかどうかが、ディープテックM&Aを成功させる鍵となる。
また、アイリスグループの今後のM&A展望について、吉田は「今後も非常に積極的に行っていく」と明言した。政府が推進する重点分野(『骨太方針2026』でも官民投資拡大が掲げられる成長領域)や、自社の強みが活かせる領域において、ハード・ソフト双方を統合できる優秀なエンジニア集団や、自社には作れない強みを持った数十人〜100人未満規模のスタートアップとの出会いを強く求めているという。案件のソーシングについても「業界内のネットワークやVC・銀行様からの紹介など、どこからでも直接ご連絡をいただければすぐに伺う」と意欲を示した。

ミッションドリブンのM&Aが新産業を創出する

ディスカッションの締めくくりとして、登壇者のお二人から会場およびスタートアップへ向けたラストメッセージが送られた。

吉田:「スタートアップ企業様単体では、ハードウェア領域における量産や販売網の確保など、単独で乗り越えるのが難しい壁が必ず存在します。我々にはサービスロボット2.5万台を社会実装してきたプラットフォームと体制があります。日本発のロボット産業を世界へ向けて盛り上げていきたいという強い想いをお持ちの方は、ぜひお気軽にご連絡・ご相談をいただきたいです。」

中村:「スタートアップを経営する上では、資金調達やイグジットといった『手段』に捉われがちですが、最も重要なのは『ミッションの達成』です。自社のミッションを最速・最大化して達成するために、大企業の持つ強力なリソースを活用する『グループイン』は非常に有効な選択肢です。手段と目的を履き違えず、ミッションドリブンで事業を推進される起業家が増えていくことを願っています。」

バリュエーションや契約スキームといった表面的な条件論を超えて、「本気で事業を成長させ、日本発の技術を社会実装するために何が必要か」を追求し続けた両社。その志高いアライアンスの姿は、今後の日本のスタートアップエコシステムにおけるM&Aのあり方に大きな勇気と明確な道標を与えるものであった。
会場からは惜しみない拍手が送られ、熱気に包まれたまま第2回イベントは幕を閉じた。フォースタートアップスでは今後も、日本の成長を加速させるスタートアップM&Aの最前線を発信していく考えだ。

※資料参考

‍・STARTUP DB『2026年上半期 国内スタートアップ投資動向レポート』
・経済産業省『スタートアップM&Aガイダンス』
・内閣府『骨太方針2026(経済財政運営と改革の基本方針2026)』

「M&A for Startups」ミニカンファレンス vol.2
- 「『ディープテック×製造業の巨人』譲渡企業と譲受企業の双方が全貌を明かす、スタートアップM&Aの舞台裏」

・開催日:2026年7月16日(木)/ 場所:フォースタートアップス本社オフィス
開催情報詳細を見る

UPCOMING EVENTS

2026年8月20日(木)
「M&A for Startups」ミニカンファレンス vol.3
「スタートアップによるスタートアップ買収戦略(M&A for Startups)」

https://maforstartups260820.peatix.com/

2026年9月4日(金)
「M&A for Startups Conference 2026」(三井住友銀行・フォースタートアップス共催)

https://www.forstartups.com/news/maconference2026-0617

スタートアップM&A仲介「M&A for Startups」サービス紹介ページ
https://www.forstartups.com/services/startup-ma

‍スタートアップM&Aに関するご相談・お問い合わせ
https://www.forstartups.com/form/ma-form

Related News